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Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2012年01月02日

LIFE(長文です)

母親が発病したのは、5月のことだった。

3月頃から、なんとなく食が細くなって
医者に掛かっても
「震災ストレス」じゃないかとの診断であったという。

春の健康診断でも
特に異常はみあたらなかった。

5月の末に胃カメラを飲んで、
そのまま緊急入院。

某ふ●み野市の総合病院に呼ばれ、
CTの断面映像を見せられた。
産まれてはじめて見る
母親の輪切り(笑)
腹の断面図いっぱいに
真っ白なカタマリが映っている。

それが、ぜ~んぶ胃であるという。

診断は「悪性リンパ腫ではないか」。
「ではないか」というのは、
組織検査の結果が出ていないから、とのこと。

×   ×   ×

それからが大変だった。

胸水や腹水がたまっているのに
「検査の結果が出るまでは
医療行為はできません」という理由で
ひたすら病院のベッドに塩漬け状態。

本人がしつこく訴えたために
カタチばかり腹水は抜いてくれたが

カエルのように膨れたお腹。
それでも三度三度出てくる病院食。

当然食べられるはずもなく、
本人が「食べたい」というものを
つくっては小さいタッパーに入れて
病院に通う毎日

(現場が遠くて、終了時間ぎりぎりにならないと
面会にいけないワタシに代わって
たんぽぽ&あかりが
ほんとうに良く通ってくれました)

その間、二度の組織検査
結果は、いずれも
サンプリングミスだと!

「結果が出ないから
医療行為はできません!(キッパリ)」

梅雨から夏にかけて
母親はみるみる衰弱していった。

×   ×   ×

こりゃいかんというんで
セカンドオピニオン外来をお願いした
日高市の某大学病院。

担当になった若い女医さんが
とにかく溜まりに溜まった腹水を抜いてくださり
その日はベッドの空きがないということで
もとの病院に帰されたのだが、

その日のうちに川越にある
系列の病院のベッドを押さえて
自ら実家に電話を入れてくれた。

×   ×   ×

翌日、転院の手続きをした。
わたしの車の後部座席に布団を2重に敷いて
母親を寝かせた。

病院を出たときの看護師の
「じゃあ●●さん、お元気でね!」
という満面の笑顔は

一生忘れない。

×   ×   ×

新しい病院で
担当になったのは、
栄養不良のアラレちゃんみたいな風貌の
やはり若い女医さんであった。

このひとに会っていなかったら
たぶん、うちら一族は
この正月を祝えていなかったはずだ。

前の病院の診断結果
(またもやサンプリングミス!)
を見たアラレちゃんは

いわば見切り発車で
抗がん剤治療を始めてくれた。

溜まった腹水・胸水も
きれいに抜かれ
(肺が機能しないくらいに
胸水が溜まり、
心臓を圧迫していたらしい)

転院当初、
“一週間がヤマ。自宅に帰れたらもうけもの”
と言われた母親は
みるみる元気をとりもどしていった。

×   ×   ×

12月のおわりに
さいごの抗がん剤投与を終えて
ひとまず「緩解」という診断をもらった。

昨日、ばらばらに暮らしている兄弟が
実家に集まって、正月のお祝いをした。

抗がん剤の副作用で
味覚障害や指先の麻痺が残っていて
たぶん我が家で初めての
店屋物のおせちだったが

みんな、ことしは
正月のお祝いなんかできないと思っていたので
なんというか、とてもいい新年になった。

×   ×   ×

そんなこんなで、

2011年は、たぶん
これまでで一番
ライブの本数が少ない歳になった。
(数えてないけど!)

もちろん、震災のことなんかもあって、
いままでで一番
「いのち」について
「家族」について
考えた歳になった。

あたらしいCDのタイトルは
『LIFE』にしようと思う。   

Posted by 独酔舎 at 04:55Comments(0)