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Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2012年01月16日

祖父のこと

母方の祖父は植木職人で、
川漁師だった。

厚木市の自宅のすぐそばには
相模川が流れていて、
祖父は暇さえあれば
釣りや網打ちに出掛けていた。

小学生の頃のことだが
台風のあと、川が増水すると
よく網打ちに連れて行ってもらった。

胸まである「馬鹿長靴」を履いて
河川敷のグラウンドに張られた
バックネットの裏あたりに
ざぶざぶ入っていき投網を打つと
50~60cmもある鯉がとれたりした。

(いまにして思えば危険きわまりない話だが!)

そんなふうにして採れた
鮎や鮒、ウグイなんかを
塩焼きや甘露煮にして
家人に振舞うのを
祖父はなによりの楽しみにしていた。

祖父は10年ほど前に亡くなったが
彼はこんな世の中を見ずに済んで
・・・よかったのかもしれない。

釣った鮎を食べることはおろか、
足をひたすことすらためらわれるような
川を前にして、
とても悲しんだにちがいないから。

NHK スペシャル「シリーズ原発危機 知られざる放射能汚染~海からの緊急報告」
http://togetter.com/li/242134  

Posted by 独酔舎 at 22:39Comments(0)

2012年01月02日

LIFE(長文です)

母親が発病したのは、5月のことだった。

3月頃から、なんとなく食が細くなって
医者に掛かっても
「震災ストレス」じゃないかとの診断であったという。

春の健康診断でも
特に異常はみあたらなかった。

5月の末に胃カメラを飲んで、
そのまま緊急入院。

某ふ●み野市の総合病院に呼ばれ、
CTの断面映像を見せられた。
産まれてはじめて見る
母親の輪切り(笑)
腹の断面図いっぱいに
真っ白なカタマリが映っている。

それが、ぜ~んぶ胃であるという。

診断は「悪性リンパ腫ではないか」。
「ではないか」というのは、
組織検査の結果が出ていないから、とのこと。

×   ×   ×

それからが大変だった。

胸水や腹水がたまっているのに
「検査の結果が出るまでは
医療行為はできません」という理由で
ひたすら病院のベッドに塩漬け状態。

本人がしつこく訴えたために
カタチばかり腹水は抜いてくれたが

カエルのように膨れたお腹。
それでも三度三度出てくる病院食。

当然食べられるはずもなく、
本人が「食べたい」というものを
つくっては小さいタッパーに入れて
病院に通う毎日

(現場が遠くて、終了時間ぎりぎりにならないと
面会にいけないワタシに代わって
たんぽぽ&あかりが
ほんとうに良く通ってくれました)

その間、二度の組織検査
結果は、いずれも
サンプリングミスだと!

「結果が出ないから
医療行為はできません!(キッパリ)」

梅雨から夏にかけて
母親はみるみる衰弱していった。

×   ×   ×

こりゃいかんというんで
セカンドオピニオン外来をお願いした
日高市の某大学病院。

担当になった若い女医さんが
とにかく溜まりに溜まった腹水を抜いてくださり
その日はベッドの空きがないということで
もとの病院に帰されたのだが、

その日のうちに川越にある
系列の病院のベッドを押さえて
自ら実家に電話を入れてくれた。

×   ×   ×

翌日、転院の手続きをした。
わたしの車の後部座席に布団を2重に敷いて
母親を寝かせた。

病院を出たときの看護師の
「じゃあ●●さん、お元気でね!」
という満面の笑顔は

一生忘れない。

×   ×   ×

新しい病院で
担当になったのは、
栄養不良のアラレちゃんみたいな風貌の
やはり若い女医さんであった。

このひとに会っていなかったら
たぶん、うちら一族は
この正月を祝えていなかったはずだ。

前の病院の診断結果
(またもやサンプリングミス!)
を見たアラレちゃんは

いわば見切り発車で
抗がん剤治療を始めてくれた。

溜まった腹水・胸水も
きれいに抜かれ
(肺が機能しないくらいに
胸水が溜まり、
心臓を圧迫していたらしい)

転院当初、
“一週間がヤマ。自宅に帰れたらもうけもの”
と言われた母親は
みるみる元気をとりもどしていった。

×   ×   ×

12月のおわりに
さいごの抗がん剤投与を終えて
ひとまず「緩解」という診断をもらった。

昨日、ばらばらに暮らしている兄弟が
実家に集まって、正月のお祝いをした。

抗がん剤の副作用で
味覚障害や指先の麻痺が残っていて
たぶん我が家で初めての
店屋物のおせちだったが

みんな、ことしは
正月のお祝いなんかできないと思っていたので
なんというか、とてもいい新年になった。

×   ×   ×

そんなこんなで、

2011年は、たぶん
これまでで一番
ライブの本数が少ない歳になった。
(数えてないけど!)

もちろん、震災のことなんかもあって、
いままでで一番
「いのち」について
「家族」について
考えた歳になった。

あたらしいCDのタイトルは
『LIFE』にしようと思う。   

Posted by 独酔舎 at 04:55Comments(0)

2012年01月01日

暮れの元気なご挨拶2011

東松山『バサラ』 「一級河川荒川団」Liveのゲストで歌い納め。

*「3-11」
*「アストロボーイ」
*「ショッピングモール」

まだ荒川団の出番になってないけど、
とりあえず除夜の鐘は自宅で・・・
ということで帰ってきたら、
激動のウサギ年もあと2分だ。
続きはあとで書きます。
まずはご挨拶まで。

旧年中はお世話になりました!

×   ×   ×

あの3月11日の「揺れ」は、
この国の時間の流れかたすら
大きく変えてしまったような気がするのは

わたしだけですか?

こうして慌しい年の瀬を過ごし、
新品のカレンダーの1ページ目をめくっても

それを節目に気持ちがあらたまるような

それを定点として、このさきの
時間のすごしかたを考えていこうというような

清新な気分が一向に湧いてこないのは

わたしだけですか?

“こよみがひとまわりしたって、
 地球が一回転したって、
 なにひとつ終わっちゃいないじゃないか”

という中途半端なイラダチが

皮膚感覚として
全身を覆っています。

これじゃ、次に進めないじゃないか。

×   ×   ×

そんな気分もこめて、

今夜、『バサラ』のフロアーを埋めた
お客さんたちに向けて吠えてみた。

自分には珍しく、
聴き手がどう思うかとか、
空回りするんじゃないかとか、

そんなこと一切考えず
吠えてみた。

忘れてない自分
くよくよと迷っている自分

あるかどうかわからない
着地点を探しながら、
これからも迷い歯ぎしり
し続けるであろう自分を
刻みつけるために吠えてみた。   

Posted by 独酔舎 at 01:01Comments(0)